 |
- |
|


加太の要塞(砲台・堡塁等)のページへおいで下さり心より感謝いたします。このページは和歌山市加太地区、友ヶ島、大川地区(一部岬町)に残されている砲台や堡塁、トーチカなどの旧日本陸軍の遺構(一部海軍施設を含む)を加太に住む筆者が個人的にかつ非営利目的で、現地取材した時のメモやデジカメで撮った写真、また、実際に戦争を体験されたり、軍の施設の近くで生活されていた地元の方々の貴重な話などをまとめたものです。
時に、筆者の意見や想像、感情などが記されていますが、それはその時の筆者の素直な疑問や気持ちでありますので、筆者自身の心のメモとして公開することにいたしました。
このページをご覧になった方々が失われゆく近代要塞(砲台、堡塁等)に、または加太という地域に少しでも興味を持っていただけたならば、この上ない幸せです。 |
要塞とは
辞書によりますと「国防上、重要な地域に設けた防備施設」(三省堂 新小辞林)ということですが、どうでしょう?いかにも辞書的ですが、要するに「敵が攻めてくることを想定して、敵が来るであろうと思われる地域に、敵を撃退することを主な目的として作られた軍事上の防衛施設」ということでしょうか?まさに「城」ですね。
それと、「砲台」と「堡塁」の違いは規模の大きさではなくて「砲台」は海上の敵を迎撃するための施設で「堡塁」は上陸してきた敵に対して砲台の背後より迎撃するための施設ということだそうです。 |
このページの情報について
| このサイトに含まれる全ての情報部分は筆者が各種公刊資料を比較検討して最も信頼性が高いと判断したものを掲載しております。その判断の責任はすべて筆者にありますが、情報の内容を保証したものではありません。またこの情報を利用したことによって何らかの損害を被ってもその責には応じることはできません。 |
このページのコメントについて
このサイトに記載されたコメントはすべて筆者の主観によるものであり、必ずしも事実と一致しない可能性があります。
明治中期からの日本の富国強兵策の流れの中で建設されてきた要塞群ではありますが、筆者は日本の軍国主義を賛美したり、逆に批判したりする意図はなく、たとえ批判的なコメントであっても特定の個人又は団体をおとしめる意図は全くないことをご理解ください。 |
著作権等について
このページ内の写真や記事は筆者が加太地区の山中や友ヶ島の旧軍道の藪や茂みをかき分けながら取材し撮影したものです。蛇に遭遇したこともありましたし、探索中に転落して怪我をしたこともありました。
また、地元の方々の第二次大戦中や戦後をしのぶ生の声などはかなりの時間と労力とを費やした結果取材できたものです。
したがいまして、このページ内の写真や記事をあたかも自分の取材に基づく情報であるかのように装ったり、記事や写真の無断転載や一部もしくは全部の無断引用は固くお断りいたしますと共に、著作権も筆者にあるものとします。 |
リンクについて
リンクはフリーですが事後にでも連絡をいただけるとありがたいです。当ページの趣旨に関連のあるサイト様にはこちらからもリンクを張らせていただきます。
尚、リンクはトップページにお願いいたします。画像への直リンクはご遠慮くださいますようお願いいたします。
バナーリンクしていただける場合はこのバナーをダウンロードしてお使いください。

ご質問、ご要望、御意見等
メールアドレス fujiya(at)kada.jp
e-mailについてはお手数ですが上記メールアドレスを
コピーし「(at)」の部分を「@」に書き換えてください。
Copyright(C) KADA FORTRESS All right Reserved
|
|